ジョハリの、あるいは善なるカトルカール

 アルトリア・キャスターとダ・ヴィンチは手をつないで商店街へ向かった。オレとオベロンは黙ったまま、立香はオレと繋いでいない側の手を振りながら、二人の後ろ姿が雑踏に紛れるまで見送った。
「待機の必要がなくなったのなら、僕は先に帰るよ」
 沈黙を破ったオベロンが振り向きざまに白い外套姿へと再臨状態を変える。オレとマスターとそれぞれへ等分に視線を注ぎ、にっこりと微笑んだ。
「仲良きことは美しきかな。とはいえ、ほどほどにした方がいいんじゃない?」
 そう言い残し、ライダーゴーグルを身に着けて飛び去るように消えた。
「今、含みがある言い方だったが」
「これってそんなに悪目立ちしてる?」
 マスターは自分の右手――朝からオレの左手を握ったままの――を、軽く持ち上げて小首をかしげた。
「……おまえさん、大事にされてるよな」
「それ言うの二度目だ」

 『LLH』特異点が修正された。微小特異点が修正された後、「消滅前の数日間で出来る限りリソースを回収せよ」というお達しが出るのは恒例のことであるらしい。その回収作業チームの一員としてオレにも招集がかかった。街中で石像や石像職人と戦い、資材を回収し、眠ったダ・ヴィンチを背負って帰投する。回復を待って再度戦闘に向かう。普段通りならば、特異点が存続する最後の日までその繰り返しをするらしい。が、今回は本日を境に方針が変更された。
「在庫が少ない術の秘石の回収を優先するため、今後の戦闘行動は富豪のいる(90+の)エリアで行います。現在の周回チームは本日を以て解散。新チームとは明日合流して行動を開始するけど、テスカトリポカは続投なのでよろしく」
 伝達事項を聞くや否や、ダ・ヴィンチはそれまで幾度も視線をやっていた大通りにきっぱりと背を向けた。そして場違いな明るさで言い放つ。
「ひとまずお疲れ様。全員で仮拠点に戻って合流時刻までゆっくりしよう!」
「ダ・ヴィンチちゃん、街を見て回る?」
「えっ? でも君、疲れてるだろう。それに今は、ほら……」
「私が同行しましょうか。万一何かあっても片方が立香を呼びにいけます」
 提案しながらアルトリア・アヴァロンは剣を収め、「こっちの姿のほうが気安いかな?」と言い終わる頃には霊基をアルトリア・キャスターのエミュレート仕様に切り替えていた。ダ・ヴィンチは照れくさそうに眉を下げる。
「出かける私が言うのも何だけど、藤丸君は本当に休むべきだからね。今日はもう許容上限まで“林檎”も食べ終わってるんだから」
「じゃあ後から合流を――」
「とか言ってるけど、どうしようか?」
 楽観的なマスターの台詞を遮ったダ・ヴィンチは、低い位置からオレを見上げていた。
「ああ、ちゃんとオレが見張っててやる」
「ありがとう」
「ダ・ヴィンチちゃん、行こっ」
「うん!」
 ダ・ヴィンチはオレたちが繋いでいる手を見ていたが、アルトリア・キャスターが差し出した手を取り、小走りに駆け出した。オベロンを見送ったマスターが繋いだ手を持ち上げる。
「これってそんなに悪目立ちしてる?」
 マスターは小首を傾げ、しかし返答を待たずに仮宿の方角へ足を向けた。その手に手を引かれ、隣を歩く。
「そもそも街中で石像をぶちのめしてるのに、今更だ」
「だとしたらオベロンがわざわざ言う意味がなくない?」
「慣れることにメリットが無い。行動が制限される」
「一理ある」
「……おまえさん、大事にされてるよな」
 マスターは歩調を乱さなかった。しかし、苦笑いを顕わにしてオレを見据えることはした。そして言った。
「それ言うの二度目だ」
 ――ああ、覚えてるよ。

 カルデアのサーヴァントとしての初戦は、シミュレーターでの所謂“素材集め”だった。
 召喚サークルから出るや否やダ・ヴィンチの元へと引っ立てられ、この体の出力向上のために盛大なリソースを捧げられた。素性も定かでないサーヴァントの能力を召喚初日に最大限まで開放させようとするなんて、カルデアはギャンブラーの巣か何かか? そんな苦言が喉までこみあげてきたとき、施されていた強化処理作業は中断された。マスターとダ・ヴィンチが顔を見合わせ、それぞれが苦虫を嚙み潰したような顔をして頷き合っている。無言だったダ・ヴィンチは一拍の猶予の後に額に手を当て、「やっぱり新素材かぁ」と呟いてデスクに突っ伏した。
「今回の戦闘エリアは初めて設定されるシチュエーションだけど、リソース回収作業自体は日々のルーティンになっているから不測の事態はまず起こらない。戦力面では全く心配してないから、テスカトリポカは他のサーヴァントとの連携を確認しつつ戦ってほしい」
 出陣前に気負った様子のないマスターの説明を聞きながら、なるほど複数のサーヴァントを率いて戦うことに慣れるというのはこういうことを言うのか、と感心した。境界記録帯とはいえ意思はある。意思を持つものが集まれば社会ができる。世渡りの上手さは関係構築の上手さだ。使い魔を個人として扱い、尊重する姿勢が堂に入っている。同じマスターとはいえ、このやり方はどこかの誰かさんには荷が重いだろうな。そんなことを考えてしまうほど。
 不測の事態は起こった。
 シミュレーターが起動し、周囲が見知った景色に変化する。パスを介してマスターから魔力が流れ込む。と同時に、耳を劈くアラートが鳴っていた。
『警告。マスター藤丸立香の体内魔力流に異常を検知。自覚症状は?』
「ありません」
『警戒態勢を維持されたし』
「了解。アルトリア、後ろをお願い」
 魚鱗陣めいて突出させていたアルトリア・アヴァロンを後方警戒に当たらせて間もなく、「少なくともシミュレーター由来の異常ではない」「敵出現の設定は正しく解除できている」「警戒態勢を解き待機せよ」旨のアナウンスが入った。
「じゃあ、もうちょっと待ってようか」
 改めて辺りを見回すまでもなく、茂る低木に囲まれて木陰がない。マスターはその場で下草の上に座りこんだ。今回のユニットは活発な魔力供給と宝具の連続使用をコンセプトに編成されているが、完全に出鼻をくじかれている。レディ・アヴァロンが小さく笑いながらマスターの斜向かいに立った。
「原因はなんだろうね。さてはマスター、みんなに隠れて拾い食いとかしてないかい?」
「いくら毒に耐性があるにしてもやめるべきです」
「してないよ……?」
 アルトリア・アヴァロンもマスターの視界内に回り込み、会話に加わった。気の置けない雰囲気のやりとりと思われたが、それでも互いに死角をカバーできる位置取りで周囲に目を配っている。マスターの指示下での戦いに慣れていそうな二人だ。煙草を取り出しかけて、やめる。本物のようなミクトランの草いきれを深く吸い込んだ。あのアナウンスは異常を告げていた。息を吐く。サーヴァント二人の視線に割り込む。マスターの背後に立った。
 オレ以外の要素が日々のルーティンである以上、イレギュラーがあるとしたらオレだろう。
「マスター」
「うわ」
「今は指揮官であるところのお前さんに上申するんだがな」
 真上から覗き込むと、若い指揮官はオレの髪をそっと退けながら顔を上げた。
「できるならオレを後詰めに下がらせろ。できなければ、一度今回の戦闘を片付けてオレ抜きのチームで異常の再現を確認するべきだ」
「心当たりがある?」
『えーっ権能の申告漏れ?』
 ダ・ヴィンチが割り込んできた。通信を介し、更に言い募る。
『でもテスカトリポカからの魔力供給が認められなかったからこっちで確認してるんだよ』
「供給が疑われるってことはやはり出力異常は不調でなく向上ってワケだ」
「……ダ・ヴィンチちゃん。言う通りオーダーチェンジしてみていい?」
「待って。詳細なデータがとれるようにセッティングする」
「了解」
「大事にされてるんだな。カルデアのマスターは」
 からかったつもりでもなかったが、立香は答えず、手の甲で押し退けていた髪を指先で一筋つまんだ。そして、存外に真剣な表情で訊いてくる。
「本当に申告漏れ?」
「今の今まで自覚してなかったんだが……結果的にはそうなる」
「全能神なのに?」
「何か言ったか?」
 明らかに笑いを堪えて訊いてきた不敬者の髪をぐしゃぐしゃ掻きまぜてやる。と、堪えきれなくなったらしい笑声がかすかに聞こえ、すぐに止んだ。
「全能神なのに、人の体に収まってまで召喚に応えてくれてありがとう」
「その調子で敬えよ」
「その体はテスカトリポカ神手ずから作ったオリジナル人体?」
「デザインだけ前回の流用ではある」
「……実は知り合いの体だったりしない?」
「どういう意味だ?」
 ダ・ヴィンチの通信が入った。マスターは立ち上がり向き直ったが、間を置かず再びオレの髪を一房すくった。
「この手触りを知ってる気がする。でも人間離れした髪質に思えるから別の誰かではない……? あーモヤモヤする」
「相変わらずのクソ度胸だな」
「思い出すまでもう言わないようにする。……では気を取り直して、上申された二案のうち前者を」
 オーダーチェンジ。オレが後衛と入れ替わる間、マスターは金髪が滑り落ちたあとの手のひらを見つめていた。
 シミュレーターを出た後で、カルデアにいくつか伝えたことがある。
 カルデアでクラススキルと呼び習わされている能力について誤認があったこと。「ティトラカワン(我らは彼の奴隷)」とは神の形容でなく、威容の説明でもなく、ヒトが神を畏れる一方通行の表現であるため、信仰対象としての強度は備えれど権能の由来たりうることはない……そう思っていたこと。「ティトラカワン(我々を奴隷として司る者)」はカルデアの魔力をマスターが中継するだけのときには発動せず、多少なりとも本人の魔力が流れ込む状況――例えば前衛の三騎のうちに入って戦闘行動を行うといった――でなければ発現しない権能のため、自覚する機会がなかったこと。黒・赤・青、どの人格であれど召喚に応じる程度にはカルデアに協力する意思があり、これまでの検査やインタビューでは故意に能力を隠してはいないこと。また、これからも隠し立てするつもりはないこと。不本意ながら、申し開きのような話を、した。
 カルデアに言わなかったこともある。
 サーヴァントとして契約した相手に能力の向上を促すティトラカワン(戦士の司)について、デイビットはオレに何も言わなかったということ。

 出撃してアラートを鳴らされたあの日のように「お前は大事に扱われている」と指摘したのは今日が二度目で、話をそらされたのも二度目だった。
 短い付き合いだが、今ならその違和感が判る。藤丸立香という人物は、自他問わず褒められれば謙遜よりむしろ礼を述べがちだ。なのに、この話題に限っては言及を避けているらしい。
 いつの間にか指が煙草を探していた。隣を伺い見ると、察しの良いマスターは「どうぞ」と促して左手を差し出している。
「どうも」
 その手にライターを握らせ、されるがままにした。顔を背けて呼出煙を吐き出したところで尋ねられる。
「はじめての微小特異点(イベントクエスト)はどう?」
「楽しんでる」
「それは何より」
「これは想定外だったがね」
 ここに来る前の、ヨハンナと立香とのやりとりがどうしても思い起こされてしまう。苦笑しながら、つないだ手を眼前にまで掲げてみせると、似た温度の苦笑が返ってきた。立香も同じやりとりを思い出しているんだろう。
「魔力を充填した状態で戦闘開始できるという話じゃなかったっけ……?」
「ですから、充填できるんです。立香が戦闘行動に用いる魔力(AP)みたいに前もってチャージしておけるよう、魔力貯蔵スペースを外付けする効果です」
「じゃあ自動的にチャージ済みになるわけじゃないってこと!?」
「それはそうですよ! 無限湧きはしません!」
 そんな応酬があった。立香は苦笑したままで「こっちにとっても想定外だった……」と零している。
「テスカトリポカはこうして身体接触の魔力供給を許してくれてるけど、利休と駒姫は許してくれるかなぁ」
「チョコ交換してからまだ話してないのか」
「お店が忙しそうで機会がいまいちなくてね」
「店」
「食堂の一角でやってる店。抹茶系のドリンクを提供してて、みんな連日チョコ食べてるから苦味に飢えてるみたいで大繁盛だって」
「あやかりたいもんだ」
「工場残念だったね」
「それはもう言わない約束だろ」
「ごめんごめん」
 軽い謝罪に合わせてマスターは指をぱたぱたと動かした。そして不意に顔をそむけ、路面店のひとつへ視線を移している。見れば、店員が焼き菓子を満載した什器を店先に並べるところだった。
「……今は毎年大量にチョコを作ってるけど――」
 口を開いた立香は、まだ店の方に顔を向けたままでいる。表情はうかがい知れない。
「――カルデアに来る前はケーキを焼くのが定番だった。パウンドケーキ。利休たちじゃないけど、混ぜ込むもので味が変えられるからチョコと被りにくいし。一度焼けば切り分けて何人にも渡せるし。カルデアでやってることの規模に比べたらささやかだけど、今になって思えば大事なイベントだった」
 噛みしめるように語りながら焼き菓子の店を行き過ぎる。懐かしむ口調からは意外なことに、立香の表情は朗らかだった。
「手作りパウンドケーキ食べてもらいたいな。あなたに、似合うと思う」
「聖杯から知識は与えられているが――似合うも何も普通の菓子だろう」
「“カトルカール”って呼ばれることもある」
 一時的に連泊している宿屋に帰り着き、すっかり馴染みになったオーナーに目礼をひとつ。客室まで歩を進め、軋むベッドに腰を下ろし、そして話はまだ途中だった。
「同じ分量の四種類の材料で作るから“四分の一が四つ”って名前になったんだって」
 話は何気なく締めくくられた。ずり落ちそうなサングラスに空いた手を添え、堪えきれなかった溜息をついてしまう。
「……マスター? 自分が回りくどい話をしてる自覚はあるのか?」
「あはは」
 だらしなく笑い声を垂れ流しながら、マスターは両手を広げてシーツの上に倒れこんだ。その体が寝具に沈む音より、ベッドが上げた悲鳴じみた音のほうが大きかった。靴を脱ぎ捨て、両足もベッドの上に載せ、もぞもぞと体勢を変えている。ささやかに、繋いだ指がオレの手の甲に食い込んできた。
「名残惜しいな……」
 歯切れ悪く吐露したマスターだったが、言われずとも指の動きで察しはついていた。ヨハンナに外付けされた容量の上限が近い。魔力(NP)が最大量充填できている間は、こうして体を触れさせている意味もなくなる。
「まだ上限には届いてないぞ」
「そろそろ赤が来そうだから一旦離そうかと……ただの勘だけど」
 今更何に気兼ねをしているのやら。そう感じはしたが、呆れるよりは寧ろいじらしい気がした。柄にもなく絆されている。自覚しながらも食指のおもむくままに若い戦士の頤をすくいあげた。親指でその唇をなぞる。
「嫌じゃなければこっちから寄越してくれてもいいが」
 なんてな。そう言い継いで指を離した。が、立香の方が速い。手も、舌も速かった。その手に髪を弱く引かれ、同時に、立香の向かえ舌は俺の唇に触れている。そして唇も。
 ――そっちから仕掛けたくせに何故奉じるようなキスになる?
 立香は繋いだ指を緊張させていて、先手を取った者の余裕なぞ微塵も持ち合わせていないようだった。これでは能動的なのか受動的なのかも判じられないが、一体何を考えているんだか。神官に身を委ねる贄に似てすらいた。
 舌を差し出す以上のことをしようとしない立香に、その口の中に、舌を捻じ込んだ。舌下の唾液を掬いとる。溶け込んでいる魔力は薄いが、無いよりマシだった。角度を変える。舌を絡ませる。這わせ、探り回る。立香は一度反射で身を竦めた以外は従順なままでいた。弄ばれるがままの舌にそっと歯を立てる。ゆっくり押しつぶすと、それに比例して立香の指先がオレの手に食い込む力が強くなった。少なくとも、何も考えていないわけではないらしい。が、仮にこの行動がマスターとしての振る舞いに習熟した結果だったとしたら、今からでも考え直すべきだ。
 離れるときまで立香の舌は同じかたちのまま差し出されていた。
「おまえさん一体何を考えてるんだ……」
「善いこと」
「茶化すな」
「あ、思い出した。とうもろこしのヒゲだ」
「何だって?」
「前にテスカトリポカの髪の感触が何かに似てるけど思い出せないって話をしたよね」
「はぁ? 冗談だろ?」
「ほんとほんと」
 いっそ快活に笑ったマスターは一呼吸の後、声を潜めた。しかし憚らずにオレの名を呼んだ。テスカトリポカ、そう声にして。直後、露骨に視線を外してから話し始める。
「……考えてたことだけど」
「やっと、まともに答える気になったか?」
「普通のキスだった。それ以外の何でもなかった」
「今度は何を言い出――ッ、おい!」
 前触れなく肩を押された。体勢がくずれたところに圧し掛かられ、俯せになった立香の下敷きになっている。立香は顔を伏せたまま囁いた。
「『サーヴァントへの私的な魔力供給は厳重注意、場合によっては処罰の対象とする、特に両手以外の身体接触を伴う方法は禁止』……ってことになってる。規則では」
「じゃあダメじゃねえか。そうじゃなくても降りろ、重い」
 暗唱した規則とやらに反しながら全体重を預けて身体接触してくる立香の、その顔が遂には胸元に落ちてきた。おい、と改めて促しても離れようとしない。
「規則では『マスターがサーヴァントを私兵化することを防ぐため』の名目……というか正当な理由で。でも、最初にこの規則を聞いたときに告げられたのはそういうのじゃなかった」
 一度発言を区切った立香が顔を上げた。目と目が合う。唇が微笑のかたちで弧を描いている。
「こういう風に言われた。『カルデアからのリソース提供量への不満を理由に“身体接触”を求めるサーヴァントがいたらその申し出は断っていい。令呪を使い動きを止めていい。強制退去させてもいい。いくら君が最後の砦といえど、そういう種類の搾取があってはならない』」
 藤丸立香は笑っていた。
「テスカトリポカ。全くあなたの言う通りで、大事にされてるんだよなぁ。藤丸立香は」
 眦を下げた穏やかな表情で淡々と話している。そして我らがマスターは、両手をシーツに突いて体を起こした。
「……オレはアンタのことを分かっちゃいなかった」
「お互い様でしょうが」
 冗談めかして返した立香は出入り口側へ向き直るようにしてオレに背を向けた。指先で項を二三度掻いたあと、こちらを振り返り見る。
「前にもらった“甘やかし”は食べられずじまいだったから、だから、嬉しいよ」
「それはホットチョコレートの話か? それとも――」
 訊きかけて、思い直した。どちらにせよ同じことだ。
「――いや、普通のキスなんだったな。さっきのは」
「あーあ言っちゃった」
 無頓着な口調で立香はそう言い、歳より幼い笑いかたをした。

(了)